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約束の旅路
Va, vis et deviens

2007年3月10日岩波ホールにてロードショー

■ストーリー
 1984年、スーダン難民キャンプ。母親に抱かれながら医師の前で息を引取る少年。母の名はハナ。モサドによって計画された「モーセ作戦」で、エチオピアからイスラエル帰還を目指してこのキャンプへやってきていたユダヤ人家族らのひとり。
 幼い息子を亡くしたばかりのハナが、移送車に乗る列にたった一人でならんでいるとき、別の地からやってきたキリスト教徒の母親が自分の息子を彼女に託した。母は9歳になる息子にユダヤ人だと名乗るように言った。「行きなさい。生きて、そして何かになるのです」と。

 イスラエル。シュロモというユダヤ名をもらった少年は、ヤエルとヨラム夫婦の養子となる。彼らは左派を支持するリベラルな家族だった。黒人少年への差別は易しいものではなかった。ある日、養母ヤエルがシュロモを学校へ迎えに行くと、教師が彼に学校をやめてほしい、と告げる。シュロモが学校になじめないストレスで吹き出物ができたことを、保護者達はアフリカの伝染病だと恐れていた。ヤエルはそれを聞いて、衝動的にある行動に出る。「私の息子は世界で一番美しい子よ!」。心から息子を守ろうとする母の愛が、彼女を突き動かした。

 シュロモだけではない、エチオピア系ユダヤ人はファラシャ(よそ者の意)と呼ばれ不当な差別を受けていた。彼らの抗議運動がテレビで報道される。シュロモは、そこで主張をしていた宗教指導者ケス・アムーラに会いに行く。「エチオピアではユダヤ人だと非難され、ここでは偽りのユダヤだと非難される。政府に訴えたい。大勢のユダヤ人がエチオピアやスーダンに残っている。子供だけがここにいて、両親はまだアフリカに留まっているのだ」というケスの言葉が胸に響いた。シュロモはケスに、アムハラ語(エチオピアの言葉)が書けない自分に代わって、難民キャンプにいる実の母に手紙を書いて欲しいと頼んだ。

 


■キャスト
養母ヤエル/ヤエル・アベカシス
養父ヨラム/ロシュディ・ゼム
シュロモ(幼年時代)/モシェ・アガザイ
シュロモ(少年時代)/モシェ・アベベ
シュロモ(青年時代)/シラク・M・サバハ
ケス・アムーラ/イツァーク・エドガー
サラ/ロニ・ハダー
おじいちゃん/ラミ・ダノン
ハナ、エチオピア系ユダヤ人の母/ミミ・アボネッシュ・カバダァ
シュロモの実母/マスキィ・シュリブゥ・シーバン
 





       


 数年後、1993年。シュロモは、テレビでアフリカが干ばつによって困窮にあることを知る。母がいるはずの難民キャンプでは赤痢が蔓延し、国際的な医療援助を求めていた。シュロモはケスに母を探しにアフリカへ行きたいと訴えるが、ケスは、シュロモ自身が生き抜くことの大切さを説く。

 やがて、シュロモは決意する。医者になりたい、パリへ行って医学の勉強をすると。養父ヨラムは祖国の困難を前にして、シュロモがパリへ行くことに反対したが、ヤエルは息子をパリへ送りだすことを心に強く決めていた。シュロモがパリへ旅立つ空港で、ヤエルは言った「あなたを養子にすると言い張ったのはヨラム。あなたが家族なのは彼のお陰よ」。そしてこの母もまた息子を送りだした。

 世界は動いていた。1993年のオスロ合意でイスラエル・パレスチナ和平の道は開かれた。しかし調印を果たしたラビン首相は暗殺される。必死で勉強したシュロモは晴れて卒業証書をもらい、イスラエルへ帰ろうとするが・・・。

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■ラデュ・ミヘイレアニュ監督 インタビューより

映画にしようと思ったきっかけは?
 私は、ロサンゼルス映画祭で一人のエチオピア系ユダヤ人の男性と出会い、ファラシャと呼ばれるエチオピア系ユダヤ人が、この イスラエルへの帰還作戦で”エキストラ(端役)”として扱われていたことを理解しました。この男性は自身の波瀾万丈の人生を 語ってくれました。スーダンまでの徒歩による道のり、誰もが死に直面していた難民キャンプでの生活、イスラエルでの受け入れ の現実。その話を聞き、心の底から衝撃を受けました。私は、ありとあらゆる資料をかき集め、彼らにささげる映画を作り始めた いと思い始めたのです。

シュロモの養家が左派であることは重要な設定でしたか?
 そうです。養父母は左派で無宗教なのですが、シュロモを思いやり、妥協するだけの懐の深さがある。それでいて無神論者である ことを隠そうとしません。そういうタイプの左派系家族なのです。 彼らを左派に設定することで、過激主義者だけではないイスラエルの別の顔を見せることが可能になります。平和を願うイスラエ ル人は板ばさみの状況にあります。彼らはもはや戦争の有効性を信じてはいない。イスラエルにとどまれば子供たちに次なる戦争 を体験させてしまう。そうさせないために国を出たほうが良いか、戦争を望む右派の好き放題にさせないためにも選挙権を放棄せ ずにとどまったほうが良いのかというジレンマに直面しているのです。

■エチオピア系ユダヤ人について

 エチオピア人のユダヤ教起源については、いまだ謎であり、口伝により諸説がある。モーゼの時代、出エジプトの際にエチオピア に向かったヘブライ人という説。ソロモン王(BC972-932)とシバの女王の間に生まれた子の末裔という説。 イスラエルの失われた部族、ダン族の子孫という説などがある。
1996年、エチオピア系ユダヤ人はエイズ感染の危険性が高いとして、 イスラエル血液銀行が彼らの献血した血液を秘密裏に全面破棄していたことが発覚した。 これまでも不当な差別を受けていた彼らの怒りはデモ活動に発展し国内は騒然となった。

 

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 テレビで湾岸戦争のニュースが報じられ、息子を戦争に行かせたくないと移住を願うヤエルに対して、ヨラムが「自分の祖国を守
る、右派の好きにはさせない」と主張する場面は印象的でした。
 以前、イスラエルに写真を撮りにいこうとしたことがありましたが、連日のテロで危険度が最高ランクになり、やむなくあきらめた経験があります。なぜ、イスラエルが好戦的なのか、イスラエルの人たちはどういう思いでいるのか気になっていましたが、このヨラムのことばがを良くあらわしているように感じます。
 
 エチオピア系ユダヤ人が、はるかソロモンの時代から当時のモーゼ五書を脈々と守り続けてきたという純粋さ。それだけでは現代のユダヤ教の教義と合わないといって無理やり回宗させようとする強行派。どちらがより真実に近いのか、史実がベースにあるだけに、いろいろな問題が見えてきます。

 成長したシュロモ青年を演じる3人目の役者は、実際にエチオピアから帰還した当事者でもあります。撮影中は自分の出番がなくとも、監督についてサポートしようとしていたようです。
 スクリーンには登場しないけれど、事実を監督に語りかけた人。今も問題に直面している人々の思いが、シュロモと彼にかかわる人間たちにリアリティを感じさせながら、強く印象付けられた作品です。(JS)








■監督:ラデュ・ミヘイレアニュ
 1958年ルーマニア、ブカレスト生まれ。80年、チャウシェスク政権下のルーマニアを逃れフランスに移住。 1993年『裏切り』モントリオール映画祭 グランプリ・エキュメニック審査員特別賞ほか。1998年『Train de vie(いのちの列車) 』ヴェネチア国際映画祭 国際批評家連盟賞ほか。2005年『約束の旅路』ベルリン国際映画祭パノラマ部門観客賞・エキュメニッ ク審査員賞・ヨーロッパシネマレーベル賞ほか。

■スタッフ
監督/ラデュ・ミヘイレアニュ
原案・脚本/ラデュ・ミヘイレアニュ
共同脚本/アラン=ミシェル・ブラン
音楽/アルマンド・アマール
撮影/レミー・シェヴラン
編集/ルド・トロシュ
音響/アンリ・モレル、エリック・デュヴォワ
調音/ブリュノ・タリエール
美術/アイタン・レヴィ
衣裳/ロナ・ドロン
第1助監督/オリヴィエ・ジャケ
製作主任/ヨリック・カルバシュ
製作/ドニ・キャロ、マリー・マモンテイ、ラデュ・ミヘイレアニュ


           


■オフィシャルサイト
www.yakusoku.cinemacafe.net


原題:Va, vis et deviens 
2005年/フランス映画/149分/シネマスコープサイズ/カラー/ドルビーデジタル

字幕:松岡葉子 字幕監修:臼杵陽 
配給:カフェグルーヴ、ムヴィオラ