迷子の警察音楽隊
The Band’s Visit

2007年12/22(土)より、シネカノン有楽町2丁目、川崎チネチッタほか全国順次公開


■ストーリー
  イスラエルの青い空。水色の制服に身を包み、空港に降り立ったエジプト警察所属のアレキサンドリア警察音楽隊。
イスラエルのアラブ文化センターでの演奏にやってきたのだった。しかし、バスを降りた先には、アラブ文化センターの文字はなかった。一行は、目的地「ペタハ・ティクバ」と名前がよく似た、辺境の町「ベイト・ティクバ」に迷い込んでしまう。

 腹を空かせた一行は、とある食堂で食事をさせてもらう。女主人の名はディナ。彼女は、みんなを泊めようと申し出た。一日一本しかないバスを逃した彼らに他の手段はなく、団員は3つのグループに分かれ、食堂、ディナの家、食堂の常連イツィクの家で一泊することになる。

 ディナは、ひとりで暮らしていた。彼女は、町を案内するからという口実でトゥフィークを誘う。断りきれないトゥフィークは、張り切る彼女と、どこか居心地の悪い思いを抱いたまま、夜の町へ繰り出した。
 ディナは、なんとかトゥフィークの気を引こうとするが、試みは空回りしてばかり。「なんで警察の楽隊がウム・クルスームを演奏するの?」と聞いて、「なぜ人に魂が必要なのかと聞くのと同じだ」と返されてしまう始末。だが、トゥフィークの音楽に対する思いに気づいたディナが素直に謝ったことで、トゥフィークの態度が変わった。トゥフィークがはじめて笑顔を見せる。

 


■キャスト
トゥフィーク/サッソン・ガーベイ
ディナ /ロニ・エルカベッツ
カーレド / サーレフ・バクリ
シモン / カリファ・ナトゥール
カマル / イマド・ジャバリン
イマン / ターラク・コプティ
ファウジ / ヒシャム・コウリー
マクラム / フランソワ・ケル
サレー / エヤド・シェティ
パピ / シュロミ・アヴラハム
イツィク / ルビ・モスコヴィッチ
イリス / ヒラ・サージョン・フィッシャー
アヴルム / ウリ・ガブリエル
レア / アフヴァ・ケレン
 





       

 

 カーレドは、地元の若者パピがデートに出掛けるというのに無理やりついていく。しかし、デートは目もあてられないありさまに。「女と…したことないのか?」「ないよ。どんな感じがするの?」カーレドは、それはアラビア語でしか説明できないと。パピは、カーレドに手取り足取り教えてもらいながら、女の子とはじめてキスを交わすことに成功する。

 イツィクの家では、3人の団員が家族と食卓を囲んでいたが、話が盛り上がるはずもない。しかし、かつてバンドをやっていたという家族の一員が名曲“サマー・タイム”を口ずさみはじめると、空気が変わった。歌を介して、ぎこちなかった食卓に親密さが生まれていく。夕食後、自作した協奏曲のエンディングに悩むシモンに、イツィクが話しかけた。「これが協奏曲のラストかも…。派手に盛り上げるんじゃなくて──不意に静まるんだ。悲しくも楽しくもなく。まるで──小部屋のように、明かりとベッドだけ。赤ん坊が眠り…あとは…深い寂しさが。」これだ、これなんだ…シモンの頭の中で、協奏曲のエンディングが、ゆっくりと鳴り始めた。

 家に帰ってきたディナは、意を決して「トゥフィーク、エジプト映画は好き?」と話しかける。「小さい頃、テレビでやっていたのよ。オマー・シャリフ、ファテン・ハママに憧れたわ。あんな悲恋に恋してた。今夜は映画の再現みたい。エジプト映画の燃える恋。でもダメね。私じゃブチ壊しだわ。」それは、挫折を繰り返してきた、彼女なりの告白だった・・・。

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プロダクション・ノートより

エラン・コリリン監督の言葉
子どもの頃、僕は家族とよくエジプト映画を見ていた。
1980年代初めのイスラエル家庭にとって、これはわりと一般的なことだった。金曜日の夕方、僕たちは固唾を呑んで、当時ひとつしかなかったチャンネルで、オマー・シャリフ、ファテン・ハママ、アデル・イマムらが、複雑にからみあった物語、叶わぬ恋、そして胸を焦がすような痛みを演じるのに見入ったものだ。
イスラエルが、南の隣人であるエジプトと、建国してからの半分は戦争下に、そして残り半分もよそよそしく冷ややかな和平関係にあったことを考えると、これはかなり奇妙なことだったと思う。
時折、こうしたアラブ(エジプト)映画のあとに、イスラエル公共放送局(IBA)のオーケストラが演奏することがあった。これは伝統的なアラブのオーケストラで、団員のほとんどがイラクとエジプト出身のアラブ系ユダヤ人だった。このIBAのオーケストラを思えば、エジプト映画を観るという習慣がすこし奇妙じゃなく思えるかもしれない。
アラブ映画がテレビから姿を消して、ずいぶんたつ。テレビは民営化され、557かそこらのチャンネルで埋め尽くされてしまった。

そして、IBAオーケストラも解体されてしまった。MTV、BBC、RTL、“Israeli Idol”、ポップ・ソングや30秒CMが僕たちの元にやってきたのだ。30分放映していただけの四半音の歌のことを誰が気にかけるというのだろう?
その後、イスラエルは新しい空港をつくり、道路標識をアラビア語に訳すのを忘れてしまった。そこに山ほど作ったお店の中に、多くの国民が母国語とする、奇妙に曲がりくねった文字の入る余地はない。
H&M、Pull and Bear、そしてリーバイスと言った外資系アパレルショップが僕たちに過去を忘れさせてしまうのは簡単だ。時とともに、僕たちも自分が誰なのかを忘れてしまった。
なぜ平和がないのかということについて問う映画はたくさんあるが、そもそもなぜ平和が必要なのかを問う映画は少ないように思う。経済利点や関心について取りざたされる中で、根源的なその問いは忘れられている。

僕は確信しているが、近い将来に僕と隣人の息子たちが出会う場所は、マクドナルドの巨大な看板の下でネオンが輝くショッピングセンターなのだろう。それはもしかしたら心休まることなのかもしれない。ただ、そこに至る道のりの中で、僕たちが何かをなくしてしまったことは確かだ。僕たちは、真実の愛を一夜限りの関係に、芸術を商業に、人とのつながりや会話することの魅力を、どれだけ多くのものを手に入れられるかということとひきかえにしてしまったのだ。

■イスラエルとエジプト
1979年3月、エジプトとイスラエルは平和条約を結んだ。この平和条約は、1948年のイスラエル建国から4度繰り返した戦争状態にピリオドを打ち、エジプトがアラブの国として初めてイスラエルの存在を認めたことを意味する。政治的には大きな意味を持つが、両国の関係は時に“冷たい平和”と表されるように、殴りあうことはしないが隣に座っても向き合って談笑する程でもない、という関係に止まっている。

しかし、70年代から80年代にかけてイスラエルではエジプト映画が娯楽の一つであったし、アラブ音楽はイスラエルで一つのジャンルを確立してきた。また、ディナも口ずさむ“愛しい人”を意味する「ハビビ」というアラビア語は、若干のニュアンスを変えながらも、イスラエル人が親しい友人に発するヘブライ語の日常語として定着している。アラビア語やアラブ文化はイスラエルで決して冷たいものではなく、日常の一部に入り込んでいる。それは、アラブ諸国に囲まれていることの他に、アラブ諸国からイスラエルへ移住したアラブ諸国出身ユダヤ人の足跡に関係している。

 
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イスラエルに演奏に来たエジプトの音楽隊が、行き先を間違えた先で、思わぬ心のふれあいを体験する。民族的な対立とすっかり商業化してしまった祖国で、心の交流のあり方を問いかける作品。
理想の国として、ヨーロッパ的なユダヤ人国家を夢見ていた国は、アラブとユダヤという対立の中でさまざまな問題を抱えてきました。それは、どこの国にもあてはまって行きそうな話し。普通の人々の視点を通して、言葉の通じない人々がどうやったら交流できるのかを教えてくれます。 (JS)








■監督・脚本:エラン・コリリン
1973年イスラエル生まれ。脚本家としてキャリアをスタートさせ、ギデオン・コリリン監督作“Tzur Hadassim”で1999年度エルサレム映画祭最優秀イスラエル脚本賞に輝く。その後数本の脚本を手がけたのち、2004年にテレビ映画“The Long Journey”で脚本に加え監督業にも進出。長編映画デビューとなった本作で、2007年カンヌ国際映画祭ある視点部門の“一目惚れ”賞、国際批評家連盟賞、ジュネス賞を受賞し、イスラエル・アカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞をはじめとする8つの賞に輝く。


■スタッフ
脚本・監督:エラン・コリリン
撮影:シャイ・ゴールドマン
録音:イタイ・エロアヴ
編集:アリク・ラハヴ・レイボヴィッツ
キャスティング:オリト・アズレイ
衣装:ドロン・アシュケナジ
美術:エイタン・レヴィ
音楽:ハビブ・シェハデ・ハンナ
プロデューサー:エイロン・ラツコフスキー
 エフド・ブレイバーグ
 ヨシ・ユズラド
 コビィ・ガル=ラダイ
 ガイ・ジャコエル
共同プロデューサー:ソフィ・デュラック
 ミシェル・ザナ


     

 

 

   


■オフィシャルサイト
www.maigo-band.jp

○第20回東京国際映画際コンペティション部門
  東京サクラグランプリ(最優秀作品賞)受賞


○2007年カンヌ国際映画祭
  ある視点部門 一目惚れ賞
  国際批評家連盟賞
  ジュネス賞
 ほか、24冠を達成

原題:Bikur Hatizmoret(英題:The Band’s Visit)/
2007年/イスラエル=フランス合作
87分/ドルビーSRD/1:1.85/カラー/全5巻/35ミリ/
日本語字幕:石田泰子
後援:イスラエル大使館 
配給・宣伝:日活株式会社