スタニスラフスキー&ネミロヴィチ=ダンチェンコ記念

国立モスクワ音楽劇場バレエ
管弦楽 国立モスクワ音楽劇場管弦楽団

Stanislavsky and Nemirovich-Danchenko Moscow academic Music Theater

2007年12月22日(土)-30日(日)
東京国際フォーラム・ホールC

ワイノーネン版『くるみ割り人形』(全2幕)
ブルメイステル版『白鳥の湖』(全4幕)


スタニスラフスキーの演技理論を受け継ぎ、バレエの中に演劇的要素を高めたことで定評のある『国立モスクワ音楽劇場バレエ』が7年ぶりの来日公演を行います。

スタニスラフスキー&ネミロヴィチ=ダンチェンコ記念国立モスクワ音楽劇場は1929年、元ボリジョイ劇場のダンサーであったヴィクトリア・クリーゲル創設のモスクワ芸術バレエ団が基盤となっています。
舞踊芸術を一般の人にも浸透させようとした、クリーゲルの試みは、劇作家ネミロヴィチ=ダンチェンコとロシア演劇界の巨匠スタニスラフスキーを魅了し、1941年、スタニスラフスキー率いるオペラ劇団と合併。バレエの中に持つ演劇的要素を高めました。ソ連崩壊前後の政治や経済の混乱の中でも、常に新しい作品を作り出し、広い支持を受けています。

今回の来日公演では、国立モスクワ音楽劇場で生まれ、劇場の歴史だけでなく、バレエ史上に大きな衝撃を与えたといわれるブルメイステル版「白鳥の湖」とロシアで最も愛されているワイノーネン版「くるみ割り人形」を上演。来日するのは、ダンサー、オーケストラの総勢140名。舞台美術監督ウラジーミル・アレフィエフのセットをすべて使用、モスクワでの舞台がそのまま再現されます。

 

 



 





       

 

■観るものすべての心を震わすドラマティック・バレエ

ロシアが世界に誇る演劇人スタニスラフスキーと、その協力者である劇作家ネミロヴィチ=ダンチェンコの名を冠した国立モスクワ音楽劇場。役柄の内面からの表現を目指す“スタニスラフスキー・システム”は世界の演劇シーンに多大な影響を与え、ジェームズ・ディーンやロバート・デニーロが学んだ“メソッド・アクティング”の礎ともなった。そのスタニスラフスキーの名にふさわしく、この劇場で上演される作品は、バレエもオペラも、無理ないストーリー展開で人間の真実を描く、深いながらもわかりやすい内容のドラマとなっているのが特徴だ。“踊る役者”とも呼ばれるダンサーたちによる、高度なバレエ・テクニックと登場人物の内面を雄弁に伝える演技を融合させたパフォーマンスは、バレエ初心者、目の肥えたファン、双方の心をつかんで離さない魅力に満ちている。2006年には劇場全体がリニューアルされ、舞台機構や制作工房も充実するなど、バレエ団はさらなる飛躍のときを迎えている。(*1)


       
 



■全世界に衝撃を与えた ブルメイステル版 『白鳥の湖』
「白鳥の湖」の上演史において大変革をもたらしたブルメイステル版が生まれたのがまさにこの劇場。オデット姫が悪魔ロットバルトによって白鳥へと姿を変えられるプロローグから、愛の勝利を高らかにうたうエピローグまで、愛と哀しみのドラマが息つく間もなく展開される。最大の見せ場は第三幕の宮廷舞踏会の場面。ブルメイステルは、ここで踊られる民族舞踊を、悪魔の手下が手を変え品を変え王子を幻惑する、緊迫感あふれる名場面へと再構築。だまされ、愛を裏切ることとなる王子の人間性に説得力を持たせた。パリ・オペラ座でも採用されるなど、世界に影響を与えながらも、日本ではあまり上演される機会のない名バージョンを、本家本元が満を持して贈る! (*2)


       


 

       


■最高に贅沢な夢の世界 ワイノーネン版 『くるみ割り人形』
2002年に装置も衣裳も一新された「くるみ割り人形」は、切り絵細工をモチーフにした、シンプルながらもファンタジックに想像力をかきたてる舞台装置が、ロシアのクリスマス・シーズンの華やぎを伝える。白地に色とりどりのポンポンをあしらうことでキャラクターのお国柄を表現した“おとぎの国”のコスチュームは、まるで砂糖菓子のように繊細でキュート。演技力豊かなダンサーたちが踊る“雪の精”の愛らしさ、“花のワルツ”の美しさ。恋に憧れ、夢の国に遊ぶ、大人と少女とを微妙に揺れ動くマーシャの心を、バレエ団を代表するプリマたちが生き生きと舞う。子供も、かつて子供だった大人も魅了されずにはいられないクリスマス・ファンタジーだ。(*3)

藤本真由(フリーライター)/*1,2,3

             
 
       

 

■ミハイル・ラブロフスキー
Mikhail Lavrovsky
国立モスクワ音楽劇場の現主席芸術監督
1941年グルジア、トビリシ生まれ。父は今世紀が生んだロシアの名振付家の一人、 レオニード・ラブロフスキーで母はボリジョイ劇場の元スター、エレナ・チクワイゼ。
モスクワ舞踊学校で学び、1961年同校卒業後、ボリジョイ劇場に入団。入団後すぐにソリストになる。 1970年、最高国家賞のひとつ”レーニン賞”を29歳の若さで受賞し、1976年にはソ連国家芸術家 (People’s Artist of the USSR)の称号を授与。数多くの賞を受賞し、名実ともにボリジョイ劇場のトップダンサーとして活躍した。
1980年、舞台芸術の国家機関の振付科を卒業。1988年に現役ダンサーを引退し、 ボリジョイ劇場で多くのダンサーを指導し、そして、芸術監督して多くの作品の振付を手がけた。
2006年から国立モスクワ音楽劇場の主席芸術監督を務めている。

■K・S・スタニスラフスキー
Konstantin Sergeevich Stanislavskii 1863-1938
20世紀演劇界の最高の功労者
モスクワの有名な実業家アレクセーエフ家に生まれる。 幼少時代から演劇・オペラ・バレエなどに親しみ、1888年文芸協会(Society of Art and Literature)を設立、 演出家としての力をつけ始める。
1898年、ネミロヴィチ=ダンチェンコと共にモスクワ芸術座(Moscow Art Theater)を設立。 ロシアを代表する劇作家アントン・チェーホフが書いた『かもめ』で大絶賛を浴びる。
(チェーホフは同劇場のために3つの戯曲『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』を書いた) ここで、多くの文学的戯曲を演出し、登場人物の内面を伝える表現方法を実現する、スタニスラフスキー・システムと呼ばれる実践演技習得理論を生み出す。このシステムは後にアメリカに渡りNYアクターズ・スタジオで、アクターズ・メソッドとして確立された。 1938年、スタニスラフスキー・システムの集大成ともいえる『俳優修行』を刊行した後、死去。

■ネミロヴィチ=ダンチェンコ
Vladimir Nemirovich-Danchenko 1858-1943
20世紀演劇界を革新したロシアの劇作家
幼少の頃から演劇に絶対的な興味をもち、13才で既にアマチュア演劇で自作上演・出演を経験していた。
大学は演劇方面には進まず、モスクワ大学物理・数学科に進んだが、 大学時代に劇評、小説・戯曲を書くようになり、その後、モスクワ・フィルハーモニー学校のドラマ科を主宰する。
1898年、19世紀までのスター主義で演出が無いロシアの演劇の芸術改革を志し、 スタニスラフスキーとモスクワ芸術座を創立する。 1939年、クリーゲルが創設したモスクワ芸術バレエ団と彼の劇団が合併。 1941年スタニスラフスキー&ネミロヴィチ=ダンチェンコ記念国立モスクワ音楽劇場となり、 1943年に死去までの3年間、同劇場の芸術監督を務めた。
           


「国立モスクワ音楽劇場バレエ」、1990年以後の作品一覧

 
作品名
■ 寂しげな人の声
■ ジゼル
■ ツルの巣ごもり
■ オセロ
■ 幻想舞踏会
■ くるみ割り人形
■ じゃじゃ馬ならし
■ スラミフ
■ サロメ
■ 椿姫
■ ラ・フィーユ・マルガルテ
■ 雪娘
■ サーカスが来た
■ シンデレラ
■ かもめ
■ カラー オブ ホワイト
■ イヴニングダンス
音楽
パガニーニ、ビバルディ
アダン
ショスタコーヴィチ、喜多郎他
A.マチャバリアー二
ショパン
チャイコフスキー
ブローネル
ベセージナ
ピーター・ガブリエル
ヴェルディ、コルチャーギン
エロール
チャイコフスキー
ベセージン、サンサーンス
プロコフィエフ
ショスタコーヴィッチ、チャイコフスキー
ジェンキンス
シューベルト


振付
ブリャンツェフ 1990:初演
振付改訂=レガート 1990:改訂上演
振付演出=ブリャンツェフ 1994:初演
ブリャンツェフ 1994:初演
ブリャンツェフ 1995:初演
ワイノーネン  1995:初演
ブリャンツェフ 1996:初演
ブリャンツェフ 1997:初演
ブリャンツェフ 1998:初演
ブリャンツェフ 2000年:初演
振付演出=ヴィノグラードフ 2001:初演
振付演出=ブルメイステル 1963:初演 2001:新演出
ブリャンツェフ 2002:初演
振付演出=ヴィノグラードフ 2006:初演
振付演出=ノイマイヤー 2007:初演
振付演出=ペトゥホフ 2007:初演
振付演出=シリング 2007:初演

     

 

   


■オフィシャルサイト
http://www.mmtb.jp

主催:日本テレビ/キョードー東京
後援:在日ロシア大使館/ロシア連邦文化映画庁/ロ日協会
お問合せ・予約:キョードー東京


     


テキストはプレス資料より