ヴィダル・サスーン
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■キャスト ヴィダル・サスーン レイモンド・ベッソーネ マリー・クヮント(ファッション・デザイナー) グレイス・コディントン (アメリカ版VOGUEクリエイティブ・ディレクター) |
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ロンドンの孤児院で育ち、ユダヤ人排斥の波の中で戦争と貧困を生き抜いた。旧態依然とした美容界に、常に新しい変化を求め、美容界のみならず当時のファッション、カルチャーへと変革を与え、時代そのものをクリエイトしていった。渡米、実業家としての成功。 ※ ※ ※
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ヴィダル・サスーン インタビュー ――「Cutting Hair the Vidal Sassoon Way(仮訳:ヴィダル・サスーン流ヘアカット)」(1978)などのマニュアルには、「ヘアカッティングの心理学」と題する章があり、骨格についての解説もあります。美容における解剖学の重要性は? サスーン:言うまでもなく、カット前に顔を分析し、骨格を知り、骨の高さを研究することで、どの角度から見ても盲点がないカットを徹底するんだよ。ヘアカットはお客をイスに座らせてチョキチョキすることじゃない。その人の骨格を研究することなんだ。 ――ダンスやイサドラ・ダンカン、ボッティチェッリ、エルテなどさまざまな分野から刺激を受けてヘアスタイルを創造してきましたね。今、そのように他の領域から刺激を受ける美容師が今は少ないのはなぜでしょうか。 サスーン:今は利益が優先されているように思う。1960年代の私たちは、儲かるかどうかは分からなくても革新的な何かをすることに興奮していた。ある時、私はスタッフに週末も店に出るように言った。彼らはためらうことなく応じ、私は休憩用に2つの部屋を用意した。週末も休みなく働いた結果、ザ・グリーク・ゴッデスが生まれた。パーマを加えたジオメトリック・カットだ。スタッフ全員が構想に関わり、若い見習いまでもがプロジェクトに加わった。家族のように結束したスタッフのおかげで、私の成功は生まれたんだ。
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■監督:クレイグ・ティパー インデペンデント映画やコマーシャルなど、多彩な映像作品を手がける。バンブル&バンブルのマーケティング・教育・ドキュメンタリー映像を担当していたことから、本作を監督。これが初の劇場用長編作。次作は、アポロの宇宙飛行士の月面着陸に関するドキュメンタリーになる予定。 ■ヴィダル・サスーン 1928年イギリス生まれのユダヤ人。5歳から11歳までユダヤ教会の孤児院で過ごす。 14歳のとき、美容師アドルフ・コーエンの元へ弟子入り。1948年イスラエル国防軍に参加。 帰還後は有名美容師レイモンドに弟子入りし、修行を積む。1954年26歳でボンドストリートに自分のサロンをオープン。 二年後には大成長を遂げた。1963年女優ナンシー・クワンの髪をカット。 この、世界で初めてのグラデーションボブはVOGUEの表紙を飾り、ヴィダルの名を一気に有名にした。 64年、ジオメトリックカットの最高傑作「ファイブ・ポイント・カット」誕生。65年、アメリカ進出。 その後カナダ、ドイツにも続々とサロンをオープンした。69年には美容学校「ヴィダル・サスーン・アカデミー」を設立。 73年、ヘアケア製品を開発、83年にヘアケア商品の部門を売却。 2002年にはサロンとアカデミーを美容店大手のリージンが買収。 2012年現在84歳。彼の名を冠したサロンは世界に31と、アカデミーが14あり、世界のヘアモードをリードし続けている ■スタッフ 監督・撮影・編集:クレイグ・ティパー 脚本:へザー・ゴードン プロデューサー:マイケル・ゴードン、ジャッキー・ギルバート・バウアー |
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2010年/アメリカ/英語/91分 配給:アップリンク
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