ストックホルムでワルツを
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■キャスト エッダ・マグナソン、スペリル・グドナソン、シェル・ベリィクヴィスト |
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一世一代のチャンスに、意気揚々とジャズの聖地に乗り込むモニカだが、ライブは無残な結果となり、さらには憧れの歌手から“自分らしい歌を歌いなさい”と厳しい批判を受ける。ニューヨークでの評判はモニカの住む町まで届き、父は皮肉を浴びせ、歌をやめ母親業に専念するよう言い放つ。落ち込むモニカだったが、ある日バンドのベースを務めるストゥーレと、母国語(スウェーデン語)でジャズを歌うことを思いつく。誰もが予想していなかったこの歌声は、次第にストックホルムの人々の心に響くようになり、モニカは夢のステージへの階段を上がり始めた・・・。 ※ ※ ※
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モニカ・ゼタールンドとは 1937年、スウェーデン中西部のハーグフフォッシュに生まれる。 帰国後、モニカは詩人のペッペ・ヴォルゲシュと組み、ジャズのスタンダードナンバーにスウェーデン語の歌詞をつけて歌い始める。その画期的な試みはセンセーションを巻き起こし、モニカはスターへの階段を駆け上がる。 まもなく活躍の幅を歌手以外にも広げたモニカは、有名なコメディ・デュオのハッセ&ターゲと共演し、演技の才能を開花させた。 1964年、モダンジャズの巨匠とビル・エヴァンスと共作したアルバム『ワルツ・フォー・デビー』を発表。モニカ・ゼタールンドの名は世界中のジャズファンが知るものとなった。これによってスウェーデンを代表するアーティストとなったモニカは、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアのためにハリー・ベラフォンテとデュエットしたり、スウェーデンの首相ターゲ・エルランダーの遊説に同行したり、映画『移民者たち』(71)に出演したりと、多彩な活躍をみせる。 1990年代に入ってからは脊柱側弯症の病が進み、公の場に姿を現す機会が減ったが、精力的にアルバムや自叙伝をを発表。1995年にリリースしたCDボックス『Lingonris』も大ヒットした。2005年5月、ストックホルムの自宅アパートで起きた火災に巻き込まれて死去。享年は67歳。
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■監督:ペール・フライ 1960年、デンマーク、ブラーロプ生まれ。89年から93年までデンマークの映画学校で学ぶ。2000年に『Bænken』で長編デビュー。 デンマークの下層階級、中流階級、上流階級を題材にした三部作の第一部であるこの映画はデンマークアカデミー賞監督賞を受賞。続編の『Arven』(03)は、デンマークアカデミー賞作品賞、監督賞など7部門を獲得。三部作最後の『Drabet』(05)も、デンマークアカデミー賞監督賞、ノルディック映画賞などを受賞。この功績により、デンマークの文化賞を授与された。 ほかに、『白日夢に抱かれる女』(10)などがある。 ■スタッフ 監督:ペール・フライ 脚本:ペーター・ビッロ 撮影:エリック・クレス 美術:ヨセフィン・オースバリ 衣装:キッキ・イライダー 編集:アーサ・モスバーグ 音楽:ペーター・ノーダール 製作:レーナ・レーンバリ |
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原題:Monica Z 2014年/スウェーデン/スウェーデン語、英語/カラー/シネマスコープ/111分 日本語字幕:伊藤美和子 配給:ブロードメディア・スタジオ |
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